かおりのひとりごと

最新7日分

[バックナンバー] [目次] [トップ]

2002年5月21日(火) 続・まる得情報
はい、さわぐち今回は二本立てです。

そしてまる得情報。

 その2・「手軽に電車の旅を楽しむ」

 ゴールデンウイークどこに行くでもなかったけど、もう海の日まで祝日ないよなー、旅したくなっちゃったけど休むわけにも行かないし、なんてあなたに朗報、電車大好き一番前で運転手さん気分に浸るのなんか最高だね、なんてあなたにも朗報です。では、早速。


 1、テレビ朝日「世界の車窓から」にチャンネルをあわせる(ビデオでも可)。

 2、おもむろに双眼鏡を取り出す。

 3、テレビアングルが「電車でGO!」状態になると同時に双眼鏡を装着。

 4、流れるような景色をお楽しみください。

 何年か前、たまたま発見してかなりの感動を覚えました。「世界の車窓から」が好きならおすすめです。多分「電車でGO!」でもいけると思います、お試しあれ。

 では、いつものようにおさらい。

「世界の車窓から」は双眼鏡でみろ

 ではまた。
2002年5月21日(火) 無題
今日ゼミのコンパがあった。四時のみはじめ。ちょっとゴージャス。お姉さんぽい人の隣になったけどおもしろい人だった。たくさん笑った。最後にさよならのあいさつ、いつもより自然だったと思う。酒の力で仲良くなるなんて、思うなら思え。お酒はよいね。

新歓ものむよ。

 
2002年5月10日(金) まる得情報
 まる得情報をお伝えする前に日にちが変わっちゃいましたのでこの間のは未遂ということで。

 では、早速。

 その1・「まずい飲み物に出会った時」

 名前にそそられて買ったはいいがなーんか口に合わないわ、ってな事ありますよね。そんな時に限って500mlだったりなんかして如何んせんし難い状況。ちなみに私の場合は1000mlでした、悲惨。でももう大丈夫、今日からはこの情報を胸に力強く生きてって下さい。

 そんな困った飲み物は冷凍庫に入れてしまうのです。そして待つこと数時間、カチカチに固まったそいつをスプーンですくって一口どうぞ。紙パックだったら上の方を破ってそのままかじってもよろしいかと。これが不思議なことにまずくない、むしろうまい。何なんでしょうね、もう私にもわかりませんが私は小さい頃からこれやってました。うちはヤクルトの配達を取ってて、いろんなのを試したんですけど飽きると誰も手をつけなって冷蔵庫がミルミルに占領されたり。それを解決したのが上記の情報です。では、おさらい。

「まずい飲み物は凍らせろ」  二回程復唱してみると良いかと思います。






2002年5月8日(水) まる得情報未遂
昨日の夜から雨が降ってますね。雨って楽しいですよ、まず見ていると落ち着く。しとしとしとしとしとしとしと、ほんと次から次に降ってくるんです。そして家の中の事がしたくなるっていう力をくれます。手紙書きたくなったり洗い物すっか、って気になったりたまーに掃除しようか、って私に著しく足りない重要な力をくれます。からっと晴れてる日は洗濯機回して布団干して窓開け放って、んじゃ掃除してみっかという力をくれますが。

授業なのでまた後で書きます。ではまた。

思いがけず授業が早く終わりましたので続き。

 大雨の日もまたよし。傘なんかさしても無駄だよっていうような降りっぷりには嬉しくなっちゃいますな。ずぶぬれで帰って大きいバスタオル出してくるまってるとふわあってあったかくなって牛乳までわかしちゃうぞ、ってな気にもなりますな。

まる得情報まだ書いてないんですが、また授業なのでまた。
2002年4月24日(水) ごあいさつ
ご無沙汰、みなさん。さわぐち冬眠より無事生還いたしましたのでまたよろしく。
「かおりのひとりごと」も一年がたちました。たびたび長期休養しておりますが、儲ける気なしの婆ショップぐらいのペースで気まぐれに休んでいきますので。

 この間花札しました。「こいこい」という遊び方で十二回戦一ゲームです。きっと一年十二ヶ月みたいなものね。そしたら八月(八回戦)に五光(二十点札がそろうこと)、十一月(十一回戦)に猪鹿蝶、という派手さで勝ちました。八月・十一月、でかいことがおこりそう。久しぶりに人に向けてものを書いているので本調子ではありませんが、また。今年は自分の人生の節目であるような予感がします。よく人に会うと「変わらないね。」って言われるけどいい意味ばっかりじゃなくて、人はどんどん素敵に変わっていけるのにそれを怠けた感じもあって、だから今年は変わっていくことを否定しないで素直にものをみていきたい。あともう少し賢くなることが目標。
 ドーナツも少しずつメンバーが増えて少しずつ減って、今のみんなといられるってことが当たり前じゃなくなってる。でもいつ戻っても「久しぶりやな。」というところは変わっちゃわないでほしい。その姿勢に助けられたなって思っているので。いつ行っても大歓迎なんてありえなくて(だからちょっとどきどきするんだよ)、新入生だからって質問攻めにあうことのないドーナツ(「ええっ?」ってぐらい反応されなかった平成十二年四月十五日の東山)。今年も新歓の季節近し!おごらないけど楽しみにしてます。新ドーナツメンバー大いにのもー!三回だけど新歓いただきだ!とルパンのような予告をしたところであいさつに代えさせていただきます。ばい。
2002年1月8日(火) 屋久島日記最終話
今年の目標は行った事は守る、にしよかな。年内に屋久島終われなかった。あ、中国は旧暦だからまだ正月来てないんだった。今日のさわぐちは中国人だと思ってください。まだ年内に書いてるつもり。の屋久島日記。

 の、まえに。おとといお正月だからと奮発して阿蘭陀焼を買いました。あの甘い匂いに非常に弱いさわぐちです。笑いがこみ上げる。思い出してもこみ上げる。まるで梅干。阿蘭陀焼は人を幸せにします。


さてさて、とうとう6月13日、誕生日に行った場所は白谷雲水峡。ここは「もののけ姫」の森のモデルになったところで、びっしり生えた苔が石の上に柔らかく敷き詰められているところでコダマが座っているシーンを思い出しました。そういえば、民宿のおじさんに聞いた話、私が島に着いた日の二日前に木村拓哉が種子島にサーフインしに来ていて、日にち忘れてしまったけど宮崎駿が屋久島の人が住んでいない区域を歩いてさらに大きい屋久杉を探していたとのこと。へー、おじさんどこで聞いたの。雲水峡は前日と比べて水の流れが幾分穏やかで静かなところでした。縄文杉よりは歩かないので会う人も前日より多かった。これは前日の話だけど秋田・青森から来ている人に会って、ひょんなところで会うものだ、と思った。こんなに南で北の人に会うなんて。この日の昼食は忍者ご飯なるもので箱にご飯を入れて箱の横から伸びているひもを引くとあらほっかほか!という一品です。思わず箱を持ち帰ってしまいましたよ。

 6月14日三日間お世話になった民宿のおじさんに別れを告げ、鹿児島行きの船に乗りました。この日の朝、屋久島が晴れました。あんまり珍しくて明日は雨が降るんじゃないかと思ったとか思わなかったとか。鹿児島に着いてからは、寝台で向かいだったおばさんが教えてくれた蒲生町にある大きな楠を見に行きました。バスからは桜島が見えました。山っ子の口から言わせていただければ山とともに暮らす人々には通じるものがあるように思うのです。山っ子魂とでもいいましょうか。楠について覚えていることはその時の空気が気持ち良かったこと、自分の気持ちが晴れ晴れとしていたこと、楠が大きかったことです。楠は毎日会いに来てくれる人がいて穏やかな老後を送っているようでした。私が行ったときはおじいさんと会いました。

 後は南国交通バスで梅田まで、阪急で河原町まで、京阪で出町、歩いて帰宅、終了です。
多少誇張はありますが、いいのです、思い出は美しい。ちなみに記念献血しようとしたら血が軽くて丁重に断られました。だいぶ疲れてたからね、残念です。半年がかりの屋久島日記、気長に待って下さり、読んで下さいましてありがとうございました。屋久島日記、これにて完結です。
2001年12月19日(水) VIVA!屋久島〜縄文杉対面編〜
満を持して澤口がお送りする屋久島物語、ここ読む前に到着編を読んで、その勢いでここをよむとよいかと思います。

 6月12日、起きたらもう十一時でひゃーという夢を見ていたら部屋の戸が叩かれ、「もう出ますよ」という声。呼んでもらえなかったら本当に寝過ごすところでした。外は雨、でも屋久島は亜熱帯なので雨はしょっちゅう降るみたい。それにしても民宿出たとたんに雨が降るなんて。

バスに三十分ほど揺られ登山口に到着。6時ちょっと過ぎだったと思います。すぐに現れた線路道に浮かれているうちにトンネルをくぐり、冒険気分いっぱい。この線路は昔屋久島が林業で生活を立てていた頃に木材を運んだり、もう少し奥にある小学校に子供を乗せて動いていたもので、現在は縄文杉までの登山道として使われています。延々線路を歩いてスタンド・バイ・ミーの気分に浸りつつ鉄橋を渡ります。当然ながら手すりはなく、下には桁外れのものすごい量の水が流れています。ちょうどつつじの季節でくぐもった空や水の色の中で鮮やかなピンク色をしていました。
三時間ほど歩いて線路道が山道へと変わります。周りの人は歩きやすくなってよかったと言っていました。私も足を軽くくじいたけれど線路道はいいのに、と密かに思いつつ歩き続けました。山道に入ると人の手にかけられていない「屋久杉」が見られるようになってきます。「屋久杉」というのは樹齢千年以上の杉をさすようで縄文杉にたどり着くまでにも何本か見ることができます。二千年前以上に倒れた屋久杉の株から芽が出てまた千年育っていく、というのを三回繰り返した「三代杉」や縄文杉が発見されるまでは一番大きい杉とされていた「大王杉」など、みんなに名前があって現在一番大きいとされているのが「縄文杉」でこの杉は島のほぼ中央に立っています。
屋久島の人々もむやみに杉を切っていたのではありません。まず切ろうと目星をつけた杉に斧を立てかけてその日は帰り、次の朝斧が倒れていなかったら杉を切るんだそうです。そうやって島の神にお伺いをたてていたのです。そうやって残ってきた杉が「屋久杉」になっていくと思うと神が切ることを許さなかった杉というのはそれなりの迫力があるものです。
山道といっても歩きやすいように木で階段が組まれているのですが、じ・つ・は、同じリズムで幅の大きめな階段を延々歩くのは縄文杉に会うまでの中で一番きつかった出来事です。大文字山然り、ですね。いい加減歩くのに飽きてきた頃木で組まれた小屋がちらりと見えました。「縄文杉の横には休憩所」の知識を得ていたのでいよいよか、と緊張しながら最後の階段を上り、そして縄文杉に会いました。ひとまずお弁当、とあっさり縄文杉を通り過ぎ11時昼食。この休憩所、ドコモなら電波あります!みんな電話してました、いいなー。その後縄文杉とご対面。おっきかった、どっしりしていて威厳もあったけれど、その表皮はごつごつで自分の周りに生えている木とは違ったものに思えました。でも割とあっさりした気分で対面してた。友達が「縄文杉によろしく」といっていたのを思い出してそれを伝えてさよならしました。
帰りはまたいろんなことがあって、行きから一緒で抜かされたり抜かしたりしてたおじさんが鹿発見したりカニ発見したり、まるでムツゴロウ降臨を思わせるような活躍をみせてそのおこぼれに預かったり、思いがけず小さい列車が走ってきて道を開けたりして17時17分登山口に帰り着きました。バスが来るまで三十分ほどあったので(一日1往復しかバス走っていなかった)、一番初めに渡った鉄橋から水の流れを見ていたけれど、水の量が明らかに多くて島中の水を集めているんじゃないかと感じました。よく見ると山奥に滝が見えて空気がけぶっているのもあって水墨画のように見えました。帰りのバスではずぶ濡れなので嫌がられ、新聞紙をひいて着席、猿見ました(もちろんあのおじさんも同じバスに乗っていた)。宿に帰ってスーパーの買出しに朝起こしてくれて今日一日一緒だったお兄さんと行ったら「前祝だー。」ってお菓子と次の日のためのチョコとかをおごってくれた。うれしかった。食堂でお兄さんと民宿のおじさんとしばし話して就寝、万歩計の歩数45、451歩。

年内に屋久島物語終わらせます。ビシッと終わらせます。というのも昨日やっと屋久島の写真整理して勢いがついたから。ではまた。

[バックナンバー] [目次] [トップ]

Akiary v.0.42