あなたがある日自分のオリジナルの画期的なパターンを考えたとします。自分だけのものにしておくのはもったいないのでそのパターンを他の誰かに伝えたいと思ったとします。いったいどうすればいいでしょう。
一番の方法は実際にやって見せる事でしょう。しかしそれがあまりに複雑なパターンだった場合は見せただけでは何をやっているか理解してもらえないかも知れません。「だから右手でちょっと高めにボールを投げて、次に左手で…」なんて事細かに言葉で説明するのも大変な事。たとえできたとしても、もっと多くの人に自分のすばらしいパターンを広めようと思ったら、一人一人にそんな事をしているわけにはいきませんよね。もっと簡単に、誰もが分かるようにパターンを表現する方法が欲しいと思うのは自然な欲求です。
ジャグリングのパターンを紙の上に表現する方法、それがジャグリングノーテーション(Juggling Notation)です。一番原始的で(なおかつ分かりやすい)ジャグリングノーテーションはイラストを書く事です。ジャグリングの教則本には必ずといっていいほど無数のイラストが載っています。しかし刻一刻と変化するジャグリングパターンの全ての動きを表現するには多くのカットを必要としますし、よほど絵のうまい人でなければ、たいていは見るに耐えないものになってしまいます。結局全ての人が必要としているジャグリングノーテーションとは
ということになるでしょう。
昔から多くの人が理想のジャグリングノーテーションを求めて(時にはジャグリングする事すら忘れて)頭をひねってきました。しかし全ての条件をクリアするような究極のジャグリングノーテーションは未だ発明されてはいません。原理的に正確さと単純さは両立し得ないものだからです。できる限り克明にパターンを記述しようと思えばその表現は複雑にならざるを得ません。逆に単純化しようとすれば当然実際の多くの情報を削る事になり、とても万人に理解できるとは言いがたい表現になってしまうのです。
しかし悲観する事はありません。実際数多くの優れたノーテーションが考案されているのです。もちろんそれらを使ってジャグリングの全てが表現できるわけではありません。あるものは複雑であり、あるものは難解でありと当然欠点はあるのですが、どれもがその欠点を補ってあまりある有用性を持っています。それらはお互いの欠点を補い合いながら、ジャグリングのもついろいろな側面を目に見える形で私たちの前に示してくれるのです。
ノーテーションというのは本来ジャグリングを分かりやすい形で表現する手段として考案されたものです。しかしノーテーションを見つけ出そうという努力の中から思わぬ副産物が生まれました。ジャグリングを記述するということはいわば多くのジャグリングのパターンを細かく分析し、それらが持つ共通点や規則性を見つけだす作業です。そうして分類された結果を並べてみたとき、ひょっとしてこの考え方を応用していけばまだ見つかっていない多くのジャグリングのパターンを作る事ができるのではないかということに人々は気づき始めたのです。事実これはジャグリングの世界にとって革命的な大発見だったのです。ノーテーションはもはや単にパターンを記述する手段ではなくなりました。ノーテーションによって、誰も見たこともないような多くのジャグリングトリックを作り出すことが可能になったのです。
ここからジャグリングというものがにわかに数学者の興味の対称になりました。ジャグリングの持つリズム、整合性、対象性といったものが数学に見事にマッチしたのです。ジャグリングの理論というものが作られ、その理論に基づいてコンピューターが何千もの可能なジャグリングのパターンをはじき出しました。それら全てを人間が習得する事はよもや不可能でした。そこで理論屋さんたちは実際の人間にではなく、コンピューターにそのジャグリングをしてもらおうと考えました。こうしてジャグリング熱は思わぬ方向に飛び火し、いわゆるデスクトップジャグラー、ペーパージャグラー(実際にジャグリングはしないで、ジャグリングを理論的に研究する人たち)とでも言うべき人々を作り出してしまったのです。
もちろんのことながらノーテーションは万能のものではありません。むしろノーテーションによって表現されるジャグリングの世界というのは全体のほんの一握りに過ぎないのです。その限界はしっかりと認識しておくべきだということも重ねて付け加えておこうと思います。ノーテーションは決してジャグリングのルールを定めるものであってはなりません。何か1つルールを決めたら、直ちにそれを破ってみる事からジャグリングの新しい世界が広がります。
余談ですがジャグリングは音楽と多くの共通性を持っているような気がします。1つの音楽の中では決められた一定のリズムの中でいろいろな高さの音が鳴り、時にはアクセントとしてシンコペーションが入れられたりします。ちょうどジャグリングノーテーションは音楽では楽譜に相当するものだといえるでしょうか。しかしこの楽譜とて万能のノーテーションではありません。本来は連続的な音の高さをを平均律という枠の中に無理やり押し込めたのがド・レ・ミ…の音階なのです。人の心を揺さぶるギターのチョーキングのような音は楽譜ではどうしても表現する事ができないのです。
1つだけ問題があります。ジャグリングノーテーションでは表現できないような画期的なジャグリングを発明してしまったとしたらそれはどうやって表現すればいいのでしょう。さあ…。そのときはそのときで誰かがまた画期的な新しいノーテーションを考えてくれるのを待ちましょう。